日本子ども家庭福祉学会 -Japan Society of Child and Family Welfare-

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リレー随想 ~会員および現場からの声 vol.7

リレー随想 ~会員および現場からの声 vol.7

帝京学園短期大学 野澤義隆  「リングに上がるつもりで指導を受けに来なさい」。私...

帝京学園短期大学 野澤義隆

 「リングに上がるつもりで指導を受けに来なさい」。私が大学院時代に指導を受けた恩師からいただいた言葉である。指導はいつでも真剣勝負。逃げることや眼を背けることはせず,研究に対して真摯に取り組むこと,真理を追究することが大事であると学んだ。そんな大学院を修了して3年が過ぎた。24歳で研究職に就いた私は,みぎもひだりもわからなかった当時に比べて何を学び,どのような景色が見えるようになったのか。この原稿を書きながら,今までの研究生活を振り返った際,恩師が示してくれた一枚の文書を引き出した。
 「すべてはわれわれの眼のできる限り完全で,芸術的な訓練に依存する。個々の測定が全般的構成についての観念や直観なしに,型どおりに行われるならば,とてもわれわれを進歩させはしまい。センチメートルではなにもわからない。それ自体はわれわれの目的である生物学的タイプの理解に決して導かないだろう。しかし,一たびわれわれが見ることを学んだならば,われわれは,コンパスがわれわれに正確ですばらしい確証をもたらし,数字や公式や,時にはわれわれが眼で見つけ出したことに重要な訂正をもたらすことに気付く」。ドイツの精神医であるErnst,Kretschmerの言葉だ。
 ものごとの測定方法は様々だ。現代は素粒子さえ測定できるほど緻密な測定ができる。その測定方法は,今後もますます進歩していく。社会福祉学の方法論も確立し,測定の緻密さも進歩していくのではないだろうか。しかし,それだけでは不十分なのである。旧ソビエトの心理学者であるL.S. Vygotskyがいうように,"主観的加工のない,すなわち結果の推理や解読のない資料の検討は,科学的研究ではない"。このことは,"すべてはわれわれの眼のできる限り完全で,芸術的な訓練に依存する"のである。つまり,どんなに緻密な測定方法を用いるよりも,研究者の眼は,芸術的なものに裏付けられていなければならない,ということである。別の言い方をするならば,"芸術家の感性と幾何学者の論理"。恩師から学んだこの言葉を常に心に留め,さらなる真理を追求して行きたい。

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